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文化・芸術

2016年4月21日 (木)

クユムジャン・メトーデ/指をアクティブに

どんな先生にどんな奏法を習うのか、先生によってそれぞれやり方の違いはあっても目指すところは同じだろうと思う。それは腕は身体の重量を支える手を作る・・という点だ。音楽を奏でるのは指なのだが、ピアノは指に重さをかけて弾いているので練習を休むと調子が下がるのがはっきり分かる。クユムジャン先生のメトーデ=クユムジャンメトーデについて以前書いたが、腕・上半身の重さを支えられる手を作ることを目的としていると思うけれど、それはつまり、

①指の関節を固定(緊張とは違う)したり、それを解除したりできる・・指を曲げて固定して弾いたり(速いパッセージの場合)

指を伸ばして固定して弾いたり(ゆっくり歌うパッセージの場合・接地面積を大きくする)できる。

でも手首や腕は関係していないので自由に動かせる。関節を支える筋肉を鍛えると、手の中にある筋肉で指を動かす感覚・・「指がアクティブである感覚」が生まれる。

②それができるようになったら手首を固定したり解除したりもできるようになる。固定というのはドイツ語でfixierenと言うが、緊張とは違いただ動かないようにするだけのもの。

関節の固定の仕方や場所でいろいろなタッチが生まれるけれど、それは全て音楽の要求に応えるためのもの。バッハの多彩なアーティキュレーションのためには柔軟な手首が要るし、ショパンの美しい内声を際立たせるためにはバスを響かせ倍音を強調する弾き方も要る。自分の感覚を研ぎ澄まして心の声に耳を傾けたい。

2015年12月 6日 (日)

バッハの奏法2

バッハの奏法・・ピアニストにとって永遠の課題。

なぜなら自分が進化し続ければそれと同じように奏法も進化し続けるから。

1つ1つのタッチの可能性もスタカートからレガートまで無限の段階があり、どの曲のどの場所でどのアーティキュレーションを選択するのかは経験と練習とによって自分の中で変化を遂げてゆく。

バッハのピアノ曲のアーティキュレーションにはいくつかの原則があって(小節を越えてはつながない・音の長さの短いものから長いものへはつながない・など)現代と同じピアノはまだ存在しなかったこの時代、平均律クラヴィーア曲集のタイトルにもあるKlavier(クラヴィーア)とは3つの楽器の総称であった。すなわち、クラヴィコード・チェンバロ・パイプオルガン。1つ1つの曲はこの3つの中のどれかで弾くことをイメージして作られているので、それをイメージするところから練習は始まる。

また形式に目を向けると、現代では廃れてしまっているような形式・・フランス風序曲、さまざまな舞曲・・がタイトルに何も書いてなくても織り込まれているのでそれを判別しつつ個々の作品と向かい合うのは、知識と経験による実験の飽くなき繰り返しと言っても過言ではない。

それが徒労でないのは、バッハの音楽の持つ深い感情を知る歓びがあるからであり・・たとえばマタイ受難曲の冒頭のコラールなど歳を重ねるごとに涙なしでは聴けない・・時代を超えた作品が演奏できることに感謝と畏敬の念を覚えつつ練習あるのみの毎日です。Bach


Bach2

2015年11月 8日 (日)

クユムジャン先生から教わったメソード

もともと私は手に恵まれず、自分の表現したい音楽を音にするのに回り道をしました。教えてくれる先生を探して何十人かの先生の門をたたきました。その中で自分なりのメソードにたどりつけたと思うのでブログを書いてうちに習いに来てくれる生徒さん(ピアノの先生をしている教え子・大人の生徒さん・アマチュアだけどマニアックにピアノが好きな生徒さん)たちにそのメソードを伝えられたらいいなぁという思いから始まりました。レッスンではどうしても目の前の曲に集中してしまうのでなかなか全体像が見えなくなるからです。Img_0535_3さて、私が大事にしているクユムジャン先生から教わったメソードは、一言でいうならば腕や体の重さに耐えられる指や手を作る、ということでしょうか。数ある楽器の中でピアノを弾くときだけ指や手に重さがかかります。ヴァイオリンやチェロなどの弦楽器、フルートやクラリネットなどの管楽器、どれも腕の全重量が指にのしかかったりはしません。

よく「脱力」という言葉を聞きますね。脱力とは「力を抜くために何かの行為をすること」ではなく、「何もしないこと」です。体が呼吸によって完全にリラックスした状態を指します。けれどここがスタート地点なのですが、それはピアノを弾くとき背中から肩・腕までリラックスしていても指先は固定できないと音が通らないからなのです。一番体から遠くて普通ではそれほど強くはない指先の部分(そして手)が腕の重量を支えられるほど強くないと指は自由に動かないのです。このことが難なくできる人はピアニストになれます。けれどそれができない人はどうしたらいいでしょう?その答えがクユムジャン先生から教わったメソードでした。もちろんここは本当に基礎となる考え方の部分で、ピアノを練習する場合にはもっと実践的な方法へといかなければなりません。アルファベータ社「ピアニストが語る!」の巻頭にポゴレリッチがケゼラジェ(クユムジャン先生の先生)のメソードについて語っているのでぜひ参考にして下さい。

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